森翔太
東京を拠点として活動する映像作家。ちょっとおかしなYouTubeのショートビデオというのが一番合っているだろうか、その独特の映像作品の出演・監督、また、アイドルから地方自治体までさまざまなクライアントのテレビCM、ミュージックビデオの監督も行なっていて、映画に関わる仕事も多くなっている。
森はよくいるYouTuberではない。ほんの数年前まで、日々のオフィスワークに行き詰まり、役者としてもどこか満足できないものを感じていた。時給の安いアルバイトを転々とし、演劇をかじり、YouTubeと出会って、最初の動画を投稿するまで、彼はいくつもの人生を生きてきたといってもいいだろう。そうした数年ののち、森にチャンスが巡ってくる。2013年、第17回文化庁メディア芸術祭「エンターテインメント部門」審査委員会推薦作品に選出されたのだ。
このインタビューで、森は自身の経験を語り、映像制作の背景にある彼の哲学について説明している。森のキャリアが今後また別の方向へと発展していっても、それほど驚くことではないだろう。これまでの彼の作品は、現在の映像制作の常識にとらわれない完全に新しいものだ。彼のふつうでない映像は、国内外に当たり前のように広がっている「よいとされているもの」への挑戦なのである。
まずは自己紹介をお願いできますか。
森翔太と申します。1983年生まれの34歳です。2012年頃から、『仕込みiPhone』1という個人での映像作品を作ったことがきっかけで、映像作家として活動しています。近年では、ウェブCM、テレビCM2やMVのディレクターやアイドルのPVを作ったりしながら、3細々と東京で暮らしています。愛と勇気だけが友達です。
初期・役者を志す
子ども時代はどういった感じでしたか。映画がとても好きだったのですか。
若い頃は鳥取県に住んでいたのですが、本当に田舎なんですよ。映画館ができたのが中学生後半とかで。衝撃ですよね。レンタルビデオのお店はあったので、4学校の帰り道によく行って、借りて帰っていました。母親も映画が好きだったので、母親が借りてきてたビデオを観ていた記憶が残っています。そう考えると、母の影響が強かったのかなと感じますね。
映像作家になりたいと思うようになったのは、そういった環境からでしょうか。
それは全くないです!もちろん映画大好きでしたけど、カメラがまずないので、「映像作りたい、撮りたい!」っていう発想が一切なかったですね。機材とか高いですし、使い方もわからないですし、一緒に作る友人もいないし、でも「役者ならなれるぞ」と。役者であれば、演劇とか映画、自分でも出られるかもしれない、みたいな事に高校生位の時に気付き、そっちに憧れ始めていましたね。
高校卒業するぐらいに「どうすればいいのかな?」と考えている中、全般的な芸術大学だとそういう事ができたりするのかと思って、芸術大学に行きました。5大学に行ったら、 演劇の先生もいて、ゼミとか入ることができて、意外とちゃんと指導を受けたりできましたね。専攻は古典芸能だったので、能とか狂言とかを勉強しましたね。ほとんど覚えてないですけど(笑)。
大学卒業後は役者になろうと思っていたのですか。
役者になりたくても、あてがなかったので、静岡でサラリーマンをはじめました。工場とかに「ダンボールとかいりませんか?」っていう商社営業をやっていましたね。正直全く楽しくなかったけど、その選択肢しかなかったんです。6「就職をしないと人間ではない」みたいな圧力や考え方が身近に溢れていて、じゃあやってやるぜと就職したら、ストレスで声が出なくなったりして、「あ、これは10年、20年できないな!」という判断が結構早くできちゃいまして、結果1年で辞めました。
僕は田舎出身なので、東京に対して漠然とした憧れがあったんです。田舎に帰るか、上京するか、っていう道しかなくて、 「今しかない」と思って、23歳で上京しました。7引っ越してからは途方にくれまくって、アルバイトばっかりしていました。アルバイトをしているうちに、昔の大学生の先輩から連絡が来たんですよ。その知り合いが演劇の制作会社に紹介してくれて、その会社に通い出したんです。8そのうち、演劇好きだった事を思い出して、「役者やりたい!」という気持ちが強まっていったので、「悪魔のしるし」という劇団に、26歳で入団しました。 9そこからが役者としての、第2の人生スタートです。
役者からYouTuberへ。そして、映像作家へ
どのようにして役者からYouTubeに動画をアップするようになるところへと変化していったのですか。
自慢しますけど、役者活動の評判がそれなりに良かったんですよ。所属していた劇団のお陰なんですが、翌年には「この役者を見ろ」的な本に載ったりして!でも実際は、超不器用な役者だったんですね。他人が書いた脚本とかはうまく演じられなくて。でも、自分が即興ばっかりの演技や舞台だとすごくやりやすい。要は、他人が作ったものに、何故かほとんど敬意がない事に演劇をしながら気づいたんですよね・・・。
そういうことが重なってきたから、「自分でなにか作りたいな〜」って思い始めて、安いカメラを買いました。動画を撮りたかった訳ではなく、役者の自分をアピールしたかった。そのためにYouTubeを使い始めました。最初に作った『仕込みiPhone』は、もちろんガジェット主体の動画だったんですが、それよりも、自分の不穏な存在感が伝わって欲しかった。10画面に向かって「ヤッホー!」的なポジティブなことはしたくなくて、「こうするしかなかった・・・」みたいな追い詰められた感じを表現したかった。それすれば、見る人も「可哀相・・・」と思って、僕と同族の人たちが、感情移入してくれるかなと思って。いやらしいんですよ、僕は。
「自分でなにか作りたいな〜」って思い始めて、安いカメラを買いました。動画を撮りたかった訳ではなく、役者の自分をアピールしたかった。そのためにYouTubeを使い始めました。
YouTubeの動画に対する反応はどうでしたか。それによって生活が変わりましたか。
『仕込みiPhone』はアップしてから半年くらいで、500人から1000人ぐらいが観てくれました。「もう充分見られたな」って思っていたら、1年ぐらい経ったある日、いきなり100万回になった。きっかけは海外のギズモード記事です。11フックアップされたことで、ありがたくも沢山の人に見てもらえたけど、メディア力があるかないかで、そのモノに対する価値が決まっちゃった気がして、嬉しさ反面複雑でした。不思議なものですよね。とはいえ、感謝しているし、感動もしました。演劇って、小規模だったら200人から300人の客数はざらですし、僕がやるときも客が10人の時もありました。もちろん演劇を否定するわけではなく、ただただ、閲覧フォーマットの違いにびっくりしたんです。
幸運なことに、動画のおかげで色んな人が「映像を作ってくれ」と声をかけてくれました。それが意外だった。「『仕込みiPhone』の性能はしょぼいけど、ビデオ編集はいい感じだね」って言われ始め(笑)。そこから、監督をやって欲しいと言われる機会が、少しずつ増えていきました。徐々に演劇をやる機会もなくなっていきました。もちろん時間の関係もあったのですが、なんとなく、以前みたいなフラットな気持ちで舞台に立てない気がして。環境がわちゃわちゃしちゃって、「舞台のことだけ考える」ってことが出来にくくなったのかもしれません。
映像制作に影響を与えたもの
個人的な作品とクライアントから依頼された作品のどちらにも共通しているアプローチ方法といったものはありますか。
いきなりですが、『風立ちぬ』っていう映画を観ましたか?12凄い映画なんですよ。簡単に話を説明すると、第二次世界大戦中、主人公は戦闘機の設計士をしてて、まあ戦争の道具としての戦闘機を作っているわけです。ただ彼は、「この戦闘機がいかに役立つかとか」、「国のためになるか」とかいう目的以上に、「かっこいい飛行機が作りたい」が先行しているように見えます。「これってすごく本質的なことじゃないのかな」と映画見ながら思っちゃって。世の中には「正しいこと」と「正しくないこと」、いわゆる倫理みたいなのがあって、例えば善意的なテーマとか持たせたりするかと思うんですが、あからさまに善意的な表現って、きっと誰にも響かないだろうなと思って。校長先生の格言なんて誰も聞かないですからね。
もっとシンプルに言うと、真面目だけど「アホか」と思わせてクスッと出来たらと思ったりします。そうそう、この前『天国と地獄』って言う黒沢明のサスペンス映画を見たんですよ。13笑いのシーンなんて一つもないけど、僕はところどころで爆笑したんですよ。この映画はコメディというジャンルではないけど、僕にとってはバラエティよりも面白かったし笑った。登場人物やストーリー真剣だからですよね。「これって笑っていいのかな...」っていう、例えば葬式で笑いそうになる不謹慎な感じ、そういうのに近いかもしれません。本当に豊かな映画だなって思いました。
あなたの映像作品はかなり斬新なものですが、そのアイデアはどこからやってくるのでしょうか。
仕事として受けたもので「全部一人だけでやる」ということはまずないです。進めてくうちに、自分の当初の発案は無くなったり飲み込まれたりして、姿形がないケースはよくあります。なんというか、濾過された感じといいますか。関わる人数が多いとその分、濾過されますし、少人数体制だと濾過が少なかったりするケースもあります。ただ、その人との相性や、仕事内容によっても違ってきますが。
最近やっと自分のことがわかってきたんですが、「真っ白なものからなにか作る」というのが、僕は得意じゃないと思います(笑)。なにかしら大枠があって、その中に入って立ち回る方が、多分得意です。具体的に言うと、「こういうものやってくれ。中の詳細は任せた!」って言われると凄くやりやすいんですよ。枠があると、枠外のことも考えやすいし。例えば、個人作品を作るときにセルフドキュメントが多いんですが、原作が自分の日常だから、その中で加工しやすいんでしょうね。14
ただ、このままでも良くないよなっていうのもあります。漠然とですが、きっと世の中でウケてる物とかを、もっとたくさん知っていかないといけないんでしょうね・・・。悩みばかりです。そういう悩みが、「結婚したら楽になれるんじゃないのか!?」っていつも夢見ています。
映像制作と役者の両方を経験したものとして、役者にはどのようなことを求めていますか。
僕は演技をしている時から自然な演技がすごく好きで、日常生活と演技が同じ世界にある感じが凄く好きなんですよ。「この演技は本物なのか、演技かわからない!」っていう役者がすごい好きで、そういう風に現実と演技がちょっと混ざったみたいなことをできたらいいなと映像作るときは思っていますね。
例えば上記の映像はいわゆるフェイクニュースですが、この動画の中の高校生の演技はかなり理想の形だったかなと。拳法練習する彼女たちは実際の高校生なので、もちろん演技以前に素人です。しかし、実際には彼女たちは「演技」をしているとも言えて、「普通の高校生」のような演技をさせられています。素人だからこそ「素人のような演技」がやりやすかった、と言えるのではないでしょうか(もちろん人によりますが)。もし、プロの役者に「素人のような演技」をオーダーしたとしたら、それが上手な役者も、苦手な役者も知っていますが、それはそれで違ったものになっていたと思います。僕の理想の役者は、プロとか素人とか関係なく、「その空間に、ちゃんと生きている人」って感じがします。なんか偉そうにすんません!
これからのこと
今後はどういったことをやっていく予定がありますか。
前までは「ウェブ以外の媒体でやりたい!」って色々言っていたのですが、幸運にも最近、CMや映画に関わる機会があって、「超短いコンテンツ」と「超長いコンテンツ」の現場を同時に知れて、それが凄く刺激的でした。その上で自分にできないことが、大量にあるんだなと感じましたね。今年の予定としては、ちょっとでも出来たら楽しそうなので、無謀に半年だけ3DCGのスクールに通ってみようかなと思っています
- 『仕込みiPhone』の動画はこちらから。 ↩
- 2013年、森は、日本の南西部に位置する福岡県と佐賀県のウェブCMの監督を行なった。動画「脊振(せふり)ILCハイスクール!」は、素粒子加速器の一種ILC(国際リニアコライダー)の招致を目指す脊振村のプロモーションビデオのために制作された。CMはこちらから観ることができる。 ↩
- 森は、日本のポップグループ・口ロロ(クチロロ)のミュージックビデオを制作した。この作品には彼が個人作品でやってきたことがとても多く反映されている。動画はこちら。 ↩
- アメリカや英国では、Netflixなどのオンラインサブスクリプションサービスの登場以降、ビデオレンタルをほとんど見かけなくなってしまったが、日本では真逆の状況である。全国チェーンのビデオレンタルショップTSUTAYAは日本国内に現在1,400店舗あり、そのほかのビデオレンタルも含めると日本全体で約3,000店あると推測される。一方、かつて世界で最も有名なビデオレンタル会社で、2004年には全世界に9,000店以上を誇ったBlockbusterは、現在わずかに9店舗を残すのみである。 ↩
- 森は静岡文化芸術大学に通っていた。 ↩
- 森のとった行動は珍しいことではない。日本社会が求職者に対して与えるプレッシャーはかなりのもので、2013年には149人が就職活動のストレスから自殺している。日本ではいまだに「新卒採用」というものが実施されており、企業は年に一度、まとめて新入社員の採用を行なう。このシステムに合わせるために、学生は卒業する年の前の年に就職活動を始める必要があるが、その標準的なルートを通っていない応募者は、企業に採用を検討してもらうこともできない。つまり、企業は応募する時期に基づいて応募者を差別しているということである。——そして、それが就職活動をする大学生の感じている極限的なプレッシャーになっているということができる。 ↩
- 日本は世界で最も都市化された国にランクインしている。1950年、東京郊外の人口は約750万人だったが、2010年には2,600万人まで増加した。過去数年間、毎年万人以上の人が東京に移り住んでいる。 ↩
- 森の言っている会社は、東京、恵比寿にあるPrecogのこと。 ↩
- 「悪魔のしるし」は、パフォーマンス、演劇、音楽、建築、現代美術などの要素を持つ集まり。2008年結成。英語で「Sign of Devil」を意味するその名前は、Black Sabbathの曲「Symptom of the Universe」の邦題「悪魔のしるし」に由来する。悪魔のしるしは、演劇、また、ロングランとなっている「搬入プロジェクト」などのパフォーマンスアート作品の公演を行なっている。「搬入プロジェクト」は、やたらと巨大で入り組んだ物体を設計、制作し、それを指定した空間に搬入するというパフォーマンス。2008年以来、20公演が行なわれており、韓国、ハンガリー、オランダでも公演された。「搬入プロジェクト」の一部は下の動画で見ることができる。 ↩
- 下の動画『仕込みiPhone』で見られるとおり、森はいつでもどこでもかけられるようにするために制作したガジェットを持って演技をしている。動画とガジェットは、実はどちらも1976年のマーティン・スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』のワンシーンから着想を得ている。 ↩
- こちらの記事参照。 ↩
- 『風立ちぬ』は2013年の宮崎駿監督、スタジオジブリ制作の日本のアニメーション映画。架空の主人公・堀越二郎の生涯を描いた作品。堀越二郎は第二次世界対戦で使用されたゼロ戦(飛行機)のデザイナー。この作品は、政権政党である自民党と総理大臣・安倍晋三に対して、平和主義を主張する公然のメッセージであるため、日本国内で物議をかもした。戦争のための機械を作り出してしまったことへの二郎の苦悩を描いただけでなく、この作品が公開された直後、宮崎駿監督自身が、安倍首相は軍隊を作るために憲法改正をしようとしていると批判するエッセイを発表している。しかし、映画は批評家から幅広く評価され、アカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされている。『風立ちぬ』の予告編はこちらから。 ↩
- 『天国と地獄』は黒澤明監督の1963年の日本映画。予告編はこちら。 ↩
- 森のセルフドキュメンタリーのスタイルは、2013年にYouTubeで公開された動画『理沙子2』に最もよく表れている。『理沙子2』は、森とペットボトルでできた理沙子とのラブストーリー。森の日常のダイジェストを見てみよう。 ↩
This interview was posted on 25 March 2018 and was originally conducted in Japanese.
Interview (Us Blah) & Footnotes (Me Blah):
Tsukasa Tanimoto
Copy-editing (English):
Kate Reiners
Translation (English to Japanese):
Chocolat Heartnight
Photography:
Marina Kobayashi