国陶アリス
国陶アリスはパリを拠点として活動する日仏ハーフのアーティスト。その作品は映像、写真、イラスト、絵画と多岐にわたり、Ed Banger Records(エド・バンガー・レコーズ)のVladimir Cauchemar(ウラジミール・コシュマール)やグラミー賞ノミネートバンドのFranz Ferdinand(フランツ・フェルディナンド )のミュージックビデオの監督もしている。わずか数年前の彼女からでも、現在の彼女は想像できなかっただろう。
東京で生まれ育ち、モントリオール(カナダ)の大学で政治学を専攻。その後、クリエイティブな職業につくことを目指してパリに移り住み、インテンシブコース(短期コース)を受講した。学校生活はハードだったが、そこで彼女は、異なるメディアの間、また、クライアントに依頼されたプロジェクトと彼女自身の個人的な作品の間をスムーズにいったりきたりする、流れるようなスタイルと軽やかなタッチのマルチタレント・アーティストになるためのスキルに目覚めた。
国陶の作品を見てみると、映像作品はユーモアにあふれており、写真は何かをたくらんでいるかのようで、絵画は一風変わった特徴のあるリアリズムを追求している。このインタビューでは、彼女の制作の過程、映像監督に関しての新しい試み、これからのことなどについて話してもらっている。
まずご自身のことについて教えていただけますか?
私は日本で生まれ育ちました。11歳の時、モントリオール大学で政治学を勉強するために海外へ行きました。大学卒業後、パリに引っ越して、アートディレクションを2年間学んで、そのあとは、フリーランスとしてグラフィックデザインの仕事をしながら、個人のプロジェクトもやっています。今はアートディレクションを中心にやっていますが、ひとつの分野に自分を限定しないようにしています。写真もアートディレクションも絵を描くことも大好きです。
政治学からクリエイティブディレクションへ
アーティストとしてのお話に入る前に、なぜ最初に政治学を勉強しようと思ったのかを教えていただけますか?
高校生の時、芸術の授業を取っていて、それがほんとに大好きでした。15歳ぐらいの頃は絵を描くのが大好きだから美術学校へ進みたいと思っていたんですけど、“アート系の人”っていうのが周りにぜんぜんいなくて。だから、アートやデザインの世界にいる自分っていうのをまったくイメージできなかったんです。アートやデザインの仕事があるってこと自体、考えてもいなかったですし。それで、政治学や歴史にもとても興味があったので、モントリオールで政治学を勉強することに決めました。
でも行き始めたら、コースに興味はあったけど、政治学の雰囲気に自分はぜんぜん合ってないなと感じるようになって。卒業が近づいてくると、モントリオールの友だちのほとんどは公的機関で働くことを考えていました。私は自分が1日中報告書を書いているところとか本当に思い描けなかったので、デザイン分野の仕事について調べ始めました。“アートディレクター”という仕事を見つけて、それがどういうものなのかちゃんとはわかっていませんでしたけど、でも、やってみないといけない気がしたんです。パリに引っ越して、そこでアートディレクションとグラフィックデザインの2年間の集中コースを取りました。
政治学を学んだ経験のあるアートディレクターというのはかなり珍しいと思うのですが、それを活用しようと考えたことはありますか?
社会学や政治を勉強することは、貴重なことであり、呪いのようでもあります。世の中の不正や不公平の背景にあるメカニズムを理解することはすごく怖いことです。自分がとても非力だと感じるから。でも、変えていける方法を見つけ出すこともできます。アートやカルチャーは絶対に社会や個人の精神に対してインパクトを与えることができると思います。この知識を自分自身の作品に取り入れるのはすごく好きです。
映像制作への移行
アートを好きになったきっかけは何だったのですか?
それは絶対日本のおばあちゃんの影響です。おばあちゃんは看護師だったんですけど、暇さえあれば絵を描いていました。いろんなことを私に教えてくれました。美術の道具を買ってくれて、週末は東京の家で一緒に水彩画を描いて過ごしました。私がアートを好きになったのはおばあちゃんのおかげです。おばあちゃんは絶対に私のソウルシスターだと思います。
最近は映像のディレクションを中心にされているようですが、その変化はどのようにして起こっていったのでしょうか?
だんだんそうなっていきました。映像にはずっと興味はあったんですけど。2015年にアートディレクションとグラフィックデザインの学校を卒業して、2016年にフリーランスとして始めて、フリーランス1年目はいろんなことをやりました。イラストもやったし、写真もやったし、雑誌のレイアウトもやりました。それと同時に、サイドプロジェクトとして映像制作もやっていました。映像のポートフォリオを作ったら、それを見せてまわりました。その時に、「Vladimir Cauchemar1のミュージックビデオを作らない?」ってPedro Winter(ペドロ・ウィンター)2に言われました。当時、きちんとしたビデオディレクションのプロジェクトをやったことがなかったのに、私のことを信じてあの仕事をさせてくれた彼はほんとうにいい人だと思います。音楽と映像を組み合わせるという意味で、これは自分にすごく合っていると感じました。そのふたつは私に一番影響を与えているものなので。ミュージックビデオで自分の感じを出せるといいなとすごく思います!
Vladimir Cauchemarの『Aulos』3のために制作したビデオは、とてもおもしろいですが、作るのは大変だったのではないですか? あのビデオはどのようにして制作されたのでしょうか?
どんなふうにしたいかっていうだいたいのアイデアはあったので、前もって計画はしていました。撮影は2日間で行なわれました。1日目は私が事前に準備していたものを撮って、2日目はもっと自由な方法でやりました。最終的に一番いいシーンだったのは、2日目に思いついたものでしたね。
撮影にはちょっとだけ問題があって…三脚がぐらぐらしてたんです。それで、撮影後の編集作業は悪夢のようでした。Vladimirを複製するために、ロトスコープっていう作業をしないといけなかったんですけど、基本的にはウラジミールを切り抜く作業です、それが、だいたい想像できると思いますが、徹夜しないといけないほど時間がかかりました。そのあとは寝る時間もあったし、今はそれもまあ楽しかったなと思います。
『Aulos』はSNSですごくシェアされて、かなり広がりましたが、そういった大きな反応は予想していましたか?
もちろんしてなかったです! 一番びっくりしたのが、ミームとして使われたことでした。そんなことになるとはぜんぜん考えていなかったですけど、とても嬉しいサプライズでした。自分のスタイルでVladimirと一緒にビデオを作って、たくさんの人たちに見てもらえて、すごく嬉しいです。
特に、日本でウケたのを見るのがすごい嬉しかったです。ほとんどの日本の人たちは「あのおじさん、めっちゃ可愛い」みたいなコメントをくれて、それはまさに私が思っていたことでした。フランスの人はもっと“なんだこれ”みたいな感じで。文化によってリアクションが違うのを見るのがとても興味深かったです。
アートと直感
メディアに関しても、スタイルに関しても、非常に幅広いアウトプットですが、どういったことが創作を進めるもとになっているのでしょうか?
いつも直感をだいじにするようにしています。これまでにやったことでうまくいかなかったことがたくさんありますが、それは外的要因を気にしすぎていたからだと感じています。心からのもので、自分に正直である時にだけ、アートは成り立つものだと思います。なので、作品に対する反応をあまり気にしすぎないようにしています。気にしていると、みんなの期待に応えたいという気持ちが出てくるからです。そうは言っても、みんなに楽しんでもらえる作品にしたいとは思っていますし、そこのバランスが難しいです。
クライアントに依頼されて、というのも作品のもうひとつの側面なわけですが、外的要因を入れないようにしようとする時、商業作品はどういったところが難しいと感じますか?
これは公には言わないほうがいいんだろうとは思うのですが、商業作品に関しては、自分の感情を投影しすぎないようにしています。どういう意味かというと、自分のアーティストとしてのビジョンを押しつけるために、クライアントとぶつかりたくはないんです。結局、商業作品のゴールはクライアントに満足してもらうことです。革命的な美的規範を持っているとか、前衛的なデザインの実践だとかでないなら、それでいいと思います。
例えば、2年前、保険会社のオフィスにフレスコ壁画を描いたんですけど、前もってそこの社長から、どんな感じにしてほしいかを伝えるための参考資料としてPDFをもらっていました。それは私が個人的にすごく好きなようなものではなかったです。でも、最終的に彼はとても気に入ってくれたので、その仕事はすごく楽しいものになりました。私はデザインのこういった部分、アイデアとプロジェクト(あるいは、そのどちらか)を形にするという、もともとの意図が好きなんです。誰かほかの人のプロジェクトのニーズを満たすものを作るということには、とても満足させられる何かがあります。実際、こういう仕事をしている人間ならではだと私は思っています。
クライアントとの仕事には感情を込めすぎないと言いましたけど、結局は、最初に思っていたよりだいぶ気持ちが入ることにいつもなるんです。でも、もともと望まれていたものに合うものを作るようにいつもしています。
マルチメディアの未来
昨年はビデオが幅広く受け入れられ、あなたにとって重要な年だったと思います。パーソナリティによく合った創作メディアを見つけることができたのではないでしょうか。しばらくは映像を中心にやっていくつもりですか?
絵を描くことも写真もとても好きです、でもさっきも言ったように、映像制作が一番しっくりきますね。最近のVladimir CauchemarやFranz Ferdinand4と一緒にやったプロジェクトはとてもうまくいっていますし。なので、たぶん映像に一番力を入れていくと思います。
でも、近い将来にやりたいと思っているのは、二つのメディアをミックスすることです。絵と映像、とか。次の日本での個展では、絵にビデオグラフィックのアプローチをしてみたいと考えてます。5複数のメディアを使って作品制作をする時はいつも、それぞれのメディアがお互い高め合うということに気づかされます。異なったメディアそれぞれの豊かさを活用することは楽しいですし、それが全体をさらに良くすることにもつながっています。
最後になりましたが、絵と映像を合わせることについてのお考えをもう少しお伺いできますか?
今、制作中の絵は、街で撮影した映像をベースにしたものになっています。私は、何時間もかけて、100万分の1秒の瞬間を再構築するのが好きなんです。映像は音や雰囲気や動きをとらえます。それは静止画の制作だけでは得られないものですから。
- Vladimir CauchemarはEd Banger Records所属のエレクトロミュージックアーティスト。その詳細は明かされていないが、独特なガイコツのマスクをかぶってのパフォーマンスでよく知られている。 ↩
- Pedro WinterはフランスのレーベルEd Bangerの主宰。DJ、プロデューサーBusy Pとしても知られる。パリで生まれ育ち、1992年以降、エレクトロミュージックシーンに深く関わる。彼がオーガナイズしたクラブでのイベントは、Étienne de Crécy、Cassius、彼が1996年から2008年にかけてマネージメントを行なっていたDaft Punkらに支持されている。2003年に設立された彼自身のレーベルでは、Justice、Breakbotといったアーティストのデビューを手がけている。下は、2013 年のBusy PによるBoiler RoomでのDJセット。 ↩
- 『Aulos』は2017年12月にリリースされたウラジミール・コシュマールの曲。 FrenchShuffle.comでは、“フルート・トラップ”、“狂気のさた”、“なんとも言えないもの”などと言われている。そのおかしくて素晴らしいミュージックビデオを監督したのが国陶。 ↩
- Franz Ferdinandは2002年に結成されたスコットランドのインディロックバンド。スコットランドのグラスゴーを拠点として活動。2004年にリリースされたセカンドシングル“Take Me Out”で全世界的に知られるようになる。同年、グラミー賞の最優秀ロック・グループにノミネートされた。 ↩
- このインタビュー後、国陶は横浜にある象の鼻テラスで初の個展を行なった。“横浜フランス月間”の一環として、アンスティチュ・フランセ横浜が開催。6月の2週間、作品の展示が行なわれ、ソックスや可愛らしい紙の象を作る子ども向けのワークショップも開かれた。 ↩
This interview was posted on 11 September 2018 and was originally conducted in Japanese.
Interview (Us Blah) & Footnotes (Me Blah):
Tsukasa Tanimoto
Copy-editing (English):
Kate Reiners
Translation (English to Japanese):
Chocolat Heartnight
Photography:
Heryte Tequame